●わたしらしさを楽しむ家づくり
2020/11/13 公開
1年の终わりとはじまり、节目の行事が多い冬。冬至や正月、节分の由来や风习、行事食についてご绍介します。日本古来の风习に触れ、季节の移ろいを感じる暮らしを楽しみましょう。
※ご绍介する内容には诸説ありますので、あらかじめご了承ください。
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二十四节気の一つ、冬至。一年のうちで最も太阳の出ている时间が短く、夜が长い日です。冬至の翌日からは再び日が长くなることから、かつては冬至を"太阳が生まれ変わる日"として祝う风习があり、3000年以上前の中国の暦では、この日から新年が始まるとされていました。
また、中国に伝わる阴阳思想ではこの日を阴の极みと捉え、翌日から再び阳にかえると考えられていました。そのため、冬至は「一阳来復(いちようらいふく)」とも呼ばれます。そして「一阳来復」は、阴から阳へと気が回復することから転じて「冬が终わり春が来ること」「悪い事の后に幸运に向かうこと」という意味を持つようになりました。

冬至の「行事食」としてよく知られているのは、かぼちゃ料理です。かぼちゃの黄色は"魔除けの色"であり、栄养価も高いことから、かぼちゃを食べて无病息灾を愿ったとされています。本来は夏が旬のかぼちゃですが、长期保存ができるために冬至の时期でも食べられていました。
また冬至には、「ん」が付くものを食べると「运」が良くなると言われていました。かぼちゃは西日本では「南瓜(なんきん)」と言います。そのほか、れんこん、ぎんなん、かんてん、うどん(うんどん)、にんじん、きんかん。名前に「ん」が2つ付くこれらの食べ物は、「ん=运」が重なることから特に縁起が良い「冬至の七种(ななくさ)」と言われています。
その他の行事食として、小豆粥があります。中国では、小豆の赤色に悪霊を祓う力があるとされ、冬至の日に食べられていました。この风习が日本にも伝わり、行事食になりました。

运気が上を向く初めの日に运を呼び込むためには、身体を清める必要があります。香りの强いものは邪気を祓うと考えられおり、ゆずを「融通」、冬至を「汤治」にかけて、冬至の日にゆず汤に入るようになったとされています。

一年の始まりのお正月は、「歳神(年神)様」をお迎えして祝う行事です。「歳神様」とは、元旦に、家々に新年の幸せをもたらすために、高い山から降りてくる神様のことです。
昔の人は祖先の霊が田の神や山の神になり、正月には歳神となって、子孙の繁栄を见守ってくれるのだと考えていました。正月に门松やしめ饰り、镜饼を饰ったりするのは、すべて歳神様を心から歓迎するための準备です。
1月1日が「元旦」、3日までが「叁が日」、7日までが「松の内」、15日まで(一部地域では20日まで)を「小正月」として、さまざまな行事を行います。

门松や镜饼など、私たちが习惯的に用意しているお正月の饰り物は、すべて歳神様を歓迎するためのものです。
歳神様に家に来ていただくための「目印」です。松饰り、立て松などとも呼ばれます。関西圏では根がついたままの「根引き松」を饰る家もありますが、これは平安时代に子供が松を根ごと引き抜いて饰った「小松引き」に由来しているそうです。
しめ縄には、外界と神域を隔てる「结界」の役割があります。家の中を「清浄な场所」にして、歳神様のために安心して来ていただきます。しめ縄に饰りを付けたものが「しめ饰り」です。
镜饼は、歳神様の魂が宿る「依代(よりしろ)」です。お正月の間に神様の魂がいた镜饼を鏡開きの日に食べることで、神様の運気をもらい無病息災を祈る意味があります。
镜饼が丸いのは、御神体の鏡を表しているから。また二つ重ねることで陰と陽、また「年を重ねる」という意味があります。上に載せるのは、みかんではなく橙(だいだい)。子孫が代々(だいだい)栄えるように、との願いが込められています。

年神様をお迎えし、新年の幸福を授けていただくお正月。おせち料理は年神様へのお供えであり、また家族の幸せを愿う縁起物でもあります。そのため五穀豊穣、子孙繁栄、家族の安全と健康などの祈りを込めて山海の幸を盛り込みます。
正月にお屠苏を饮む习惯は、平安时代に中国から伝わりました。
お屠苏は酒やみりんに山椒や陈皮(ちんぴ/みかんの皮)など数种类の生薬を浸け込んで作った薬草酒で、「屠」には屠(ほふ)る?邪気を払うという意味が、「苏」は魂を苏らせるという意味があります。最近は生薬を调合したパックが「屠苏散」として市贩されており、大晦日に酒やみりんに渍けて作る家が多いようです。
お正月を迎える挨拶をしたら、おせちやお雑煮を食べる前にお屠苏を饮みます。饮むときは东の方を向く、饮む顺番は年少者から年长者、厄年の人は最后に饮む、などさまざまな作法があります。
地域ごとに具材や味付けが异なるお雑煮。かつては新年の最初に井戸や川から组んだ「若水(わかみず)」で煮込んでいたそうです。
お雑煮に必ず入っている餅は、東日本では角餅が、西日本では丸餅が多く使われています。 将軍がいる江戸では、「敵をのして切る」との縁起担ぎと、人口が多く一つ一つ丸めるのは難しいという事情から、のし餅を切って一度に大量生産していました。
一方、宫廷文化の残る西日本では饼をついて丸める丸饼が主流です。これは、「角を立てず円満に过ごせるように」との愿いをこめていると言われています。

节分は本来、季节を分ける立春?立夏?立秋?立冬の前日を指しました。季节の変わり目は魔(鬼)が入り込みやすいと考えられていたことから、それを祓って幸运を呼び込むための节分行事が行われるようになったそうです。
江戸时代以降は特に、旧暦で1年の始まりである立春の前日を「节分」と呼ぶようになりました。つまり、节分は1年の终わりの日で、翌日から新しい年が始まる区切りの日となるわけです。
豆は「魔灭(まめ)」や「鬼目(魔の目)」に通じることから、邪気を祓う効果があるとされています。室町时代の书物には、暴れていた鬼に豆を打ち付けて追い払った、という言い伝えが残されています。
豆まきに使用するのは、炒った大豆です。これは生の豆を使うと、まいた豆(祓った厄)から芽が出てしまい縁起が悪いから、という理由です。

节分には、玄関に鰯の头に柊の枝を刺した「柊鰯」を饰る地方もあります。
日本では古くから、臭いものと尖ったものには魔除けの効果があると言われていました。叶にトゲを持つ柊は别名「オニノメツキ(鬼の目突き)」とも呼ばれ、鬼の目をつついて退治するとされています。鰯を饰るのは、焼いた鰯の臭いを鬼が嫌うからという説と、鰯で鬼をおびき寄せて退治するという説があります。

节分の行事食と言えば、その年の恵方を向いて食べる「恵方巻」。「七福」にかけて「7つの具」を入れた太巻を、「縁を切らない」ために切らずに丸ごと食べます。
これは、江戸时代から明治时代にかけて花街で行われたのがはじまりだと言われています。一度は廃れた习惯ですが、1970年代に大阪海苔问屋协同组合が行ったイベントで復活。「丸かぶり寿司」や「太巻き寿司」の呼び名で関西に広まりました。
「恵方巻」という名前が登场したのは1989年のこと。大手コンビニエンスストアチェーンが节分に売る太巻に「恵方巻」という名前をつけて売り出したところヒットし、全国に広まったと言われています。
古くから日本に伝わり、现代の私たちの生活に溶け込んでいる様々な季节行事。それぞれの行事の意味を知ることで、节目の日々を新しい気持ちで过ごすことができるかもしれません。
冬至や节分などに行う风习の由来を知ると、季节の行事をさらに楽しめそうですよね。
より细やかに四季の移ろいを感じたい方は、日々の暮らしに「七十二候」の考え方を取り入れるのがおすすめ。
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